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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)48号 判決 1985年12月17日

原告

ソウサテスココソシエダアノニモ

右代表者

イサックエルシラー

ウベルトデュランシャステル

右訴訟代理人

松田喬

被告

特許庁長官

宇賀道郎

右指定代理人

宮田靖次朗

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告についての附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  特許庁が昭和五六年審判第一六七九八号事件について昭和五八年八月一五日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五二年八月五日、「スピルリナ」の片仮名文字を横書きしてなる商標(以下、「本願商標」という。)につき、第三二類「加工藻類および他の加工食料品その他本類に属する商品」を指定商品として、商標登録出願(昭和五二年商標登録願第五五七四四号)をし、昭和五六年二月七日付手続補正書をもつて、指定商品につき、第三二類「スピルリナ藻類の精製粉末を含有する加工藻類および他の加工食料品その他本類に属する商品」と補正したところ、同年四月八日拒絶査定を受けたので、同年八月八日審判を請求し、昭和五六年審判第一六七九八号事件として審理されたが、昭和五八年八月一五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一〇月一九日原告に送達された。なお、出訴期間として九〇日が附加された。

二  審決の理由の要点

本願商標の構成及び指定商品は前項記載のとおりである。

よつて按ずるに、「スピルリナ」(Spirulina)は、藻類のなかの藍藻類に属し、分類学上、紐子目、ユレモ族、スピルリナ科に属する植物である。そしてこれは、蛋白質の含有量が多く、消化率も髙いものであつて、乾燥あるいは粉末化し、これを加工したり、蛋白質強化食品として麺類等に混入したりして、食するものであることは、医歯薬出版株式会社発行「スピルリナ―新しい食糧―」、廣済堂出版発行「スピルリナの秘密」等によつて、これを認めることができる。

してみると、「スピルリナ」の文字を普通に用いられる方法で書してなる本願商標は、これを指定商品中「スピルリナを含有する商品(たとえば、スピルリナを混入した麺)」に使用するとき、これに接する取引者、需要者に、その商品が原材料としてスピルリナを使用したものであること(品質)を表示したものと認識させるにとどまり、自他商品識別の機能を果たすものとは認識させないものとみるのが相当であり、また、前記商品以外の商品に使用するときは、その商品があたかもスピルリナを含有する商品であるかのように、その品質について誤認を生じさせるおそれがあるものといわざるを得ない。

したがつて、本願商標は、商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号の規定に該当し、登録することができない。

三  審決を取り消すべき事由

審決は、本願商標は商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号の規定に該当し、登録することができない旨誤つて認定判断したものであつて、違法であるから取り消されるべきである。

1  審決は、スピルリナと命名された植物ないしは藻が存在することを前提として、本願商標は本件指定商品の原材料を表示するものであると認定しているが、本願商標の「スピルリナ」は学名ではないし、スピルリナと命名された植物ないしは藻が存在していて、それの名称というものでもなく、本件指定商品の原材料名でもない。

藍藻類中、主としてメキシコ国、チャド共和国に分布、繁殖し、顕微鏡によつてのみ観取できる螺旋形状の藻類が存在するが、これは光合成により自ら栄養を産出補給することによつて成長する原始的生物であつて、半植物、半動物とも称されるものである。右藻類は微小で、糊状の強い粘着力があるために濾過が不能もしくは困難であり、加えて塩類水溶液等アルカロイドを多量に含有するとともに、夾雑物も多く、自然状態のままでは到底人類の食用に供しえないものである。原告は、右螺旋形状の藻のうち特殊のもの(原告の命名にかかる「スピルリナ ゲイトラージェ、テエ、トニー種」、「スピルリナ プラテンシス」、「スピルリナ マキシマ」)を選定栽培し、原告の有する技術により十分な処理を施して、その食用を阻止するアルカロイド等を除去し、乾燥粉末にして、これを「スピルリナ」と命名したのである。

仮に、前記螺旋形状の藻が、審決の認定するとおり、分類学上、紐子目、ユレモ族、スピルリナ科に分類されているとしても、そもそも分類学なるものは、分類し、区別することを欲求する者が主観的に合理的な拠りどころとするものにすぎないのであつて、右藻がスピルリナ科なるものに分類されているからといつて、スピルリナという表示が右藻の普通名称となるものではなく、したがつて本願商標の「スピルリナ」が右螺旋形状の藻の名称を普通に用いられる方法で表示したということにはならない。

なお、本件指定商品における「スピルリナ藻類」という表示は、原告の命名にかかる前記螺旋形状の藻を指すのであつて、右名称の藻が存在するわけではない。

右のとおり、本願商標は、審決のいうスピルリナ科に属する植物の名称を普通の方法で表示したものではない。

さらに、スピルリナ藻類は、主食、副食物として食することはできないから、「スピルリナ」を原材料名ということはできない。

2  審決は、本件指定商品の原材料であるスピルリナ藻類は食用に供しうるものであり、右藻類を含有する商品が取引の対象となることを前提としてその立論をなしているが、前記のとおり、右藻類は人類の食用に供しえないことはもとより、動物の飼料ともならないものであつて、これを食料の一部として混入することも著しく味覚を低劣化させるだけでなく、摂取拒否反応(塩味強盛、辛辣にして、大なる吐逆感を発現する。)を生ぜしめるものである(ちなみに、スピルリナ藻類の精製粉末であつても食用に供することはできず、錠剤にし、もしくはカプセルに収めて服用することができるものである。)。

しかも、わが国においては、スピルリナ藻類は全く繁殖生産されうるものではなく、これを輸入しても食用に供しうるようにすることは技術的、経済的に不可能であり、スピルリナ藻類が市場において反覆供給されるということもない。

したがつて、スピルリナ藻類自体あるいはこれを食料の一部に混入したものが商品として存在することはありえず、審決のいう「スピルリナを含有する商品」なるものは架空のものというほかない。

なお、被告は、大日本インキ化学工業株式会社がタイに工場を設立してスピルリナを培養し、昭和五三年一〇月から製剤化した保健食品として発売した旨主張するが、同社がタイに工場を設立してスピルリナを培養したということはなく、「リナグリーン」なる製品を試売した程度にすぎない。

よつて、本願商標を本件指定商品に使用しても、商品の品質の誤認を生じさせることはない。

以上のとおりであつて、本願商標を本件指定商品中「スピルリナを含有する商品(たとえばスピルリナを混入した麺)」に使用するとき、これに接する取引者、需要者に、その商品が原材料としてスピルリナを使用したものであること(品質)を表示したものと認識させるにとどまり、また前記商品以外の商品に使用するときは、その商品があたかもスピルリナを含有する商品であるかのように、その品質について誤認を生じさせるおそれがある旨の審決の認定判断は、誤つているものというべきである。

第三  被告の答弁及び主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張のような違法はない。

1  スピルリナ(Spirulina)は、分類学上の位置については諸説があるとしても、藻類のなかの藍藻類に属する植物であつて、アフリカ、中南米などの熱帯圏が自生地になつており、一八二七年にドイツの藻類学者トウルピン(Turpin)によつて発見され、学名が付されたものである。

右のとおり、スピルリナという藻が存在していて、スピルリナは、その藻の名称であることは明らかであり、また、学名でもある。

2  食用としてのスピルリナについては、一九六七年の応用微生物学会で、スウェーデンのヘーデン博士がスピルリナの食糧化を発表して一躍脚光を浴びるようになつたが、そのころフランスでは、すでに国立石油研究所がスピルリナの工業生産に乗り出していた。

ところで、メキシコやアフリカのチャドでは、原住民が昔からスピルリナを食用にしていたという実績があり、蛋白質の含有量が多く、消化率も高いものであるため、一九七四年の国連食糧会議で未来の食糧として紹介され、スピルリナは、世界の人口増に伴う食糧危機の到来が叫ばれるなかで、高蛋白植物資源として、国連の蛋白諮問委員会でもこの量産化を各国に働きかけているものである。

わが国では、大日本インキ化学工業株式会社が昭和五二年春からタイに工場を設立してスピルリナを培養し、昭和五三年一〇月から製剤化した保健食品として発売した。

スピルリナの食品形態については種々存するが、本件指定商品との関係からは、スピルリナは、乾燥あるいは粉末化し、これを加工したり、蛋白質強化食品として麺類等に混入したりして食するものである。スピルリナを原材料とした麺製品としては、マンテン株式会社(岡山県和気郡和気町所在)が製造販売した「スピルリナ入り手のべそうめん」があり、これには、原材料として「スピルリナ」の文字が表示されている。

右事実から、スピルリナは食することができるものであり、「スピルリナ」の文字は、食品について使用されたとき、その食品の原材料を表示するものであることは明らかである。

3  本願商標「スピルリナ」の文字は、書籍、新聞等に通常使用される活字体とほぼ同一態様で手書きされたものである。したがつて、本願商標は、普通に使用される字体といえるものである。

そうすると、前記のとおり、本願商標は、藻の一種を指称する語であり、食品の原材料を普通に用いられる方法で書してなるものというべきである。

4  以上のとおりであつて、本願商標をその指定商品中の「スピルリナを含有する商品(たとえば、スピルリナを混入した麺)」に使用するとき、これに接する取引者、一般需要者に、その商品が原材料としてスピルリナを使用(含有)したものであること(品質)を認識させるにとどまるものであり、また、本件指定商品中「スピルリナを含有しない商品」に使用するときは、その商品があたかもスピルリナを含有する商品であるかのごとくその品質について誤認を生じさせるおそれがある。

よつて、本願商標は商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号の規定に該当し、登録することができないとした審決には、何ら違法とすべき点はない。

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

1  <証拠>によれば、次の事実、即ち、スピルリナ(Spirulina)は、一八二七年にドイツの藻類学者トウルピン(Turpin)によつて発見され、右の学名が付されたこと、スピルリナは、アフリカ、中南米などの熱帯圏が主たる自生地であること、スピルリナの分類学上の位置については諸説があるが、藻類のなかの藍藻類に属し、スピルリナ科あるいはスピルリナ属と命名されて分類されている(但し、わが国においては、「ラセンモ」あるいは「らせんそう」と邦訳して分類しているものもある。)植物であつて、螺旋形状を呈していること、藍藻類に属する右螺旋形状の藻を指称するものとして、「スピルリナ」という名称が一般的にも使用されていること、が認められる。

<証拠>の記載は右認定を妨げるものではないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、スピルリナは審決認定のとおり、分類学上審決認定の分類に属する植物であるということができる。原告は、スピルリナと命名された藻が存在するものでないとして種々述べるが、肯認するに足る証拠はない。

なお、原告は、スピルリナなる表示は、原告主張の藻の普通名称にならないとし、その故に本願商標は、スピルリナ科に属する植物の名称を普通に用いられる方法で表示したことにはならない旨述べ、審決の認定判断の誤りをいうが、審決は、「スピルリナ」が商品の普通名称であると認定判断しているのではなく、また、普通名称を普通に用いる方法で表示しているとも認定判断しているのではなくて、審決は、「スピルリナ」が分類学上審決認定の分類に属する植物で、かつ食しうるのであるから、「スピルリナ」の文字を普通に用いられる方法で書して成るものである本願商標は、これを「スピルリナを含有する商品」に使用するときは品質を表示したものと認識させる旨認定判断していること、当事者間に争いのない前記審決の理由の要点から明らかである。したがつて、原告が右述べるところをもつて審決の認定判断を誤りであるとするに由ない。

2  また、<証拠>を総合すると、次の事実、即ち、スピルリナは、蛋白質の含有量が多く、消化率も高いものであるため、一九七四年の国連食糧会議で未来の食糧として紹介され、国連の蛋白諮問委員会でも高蛋白植物資源としてその量産化を各国に働きかけたこと、わが国においては、大日本インキ化学工業株式会社が昭和五二年春からタイに工場を設立してスピルリナを培養し、これを製剤化して昭和五三年一〇月から保健食品として発売したこと、マンテン株式会社(岡山県和気郡和気町衣笠九五六―一所在)は、大日本インキ化学工業株式会社からスピルリナを粉末化したものを購入して、昭和五五年二月頃から右スピルリナ粉末入りのそうめんを製造販売したこと、もつとも、同社は現在は右製品の製造販売を行つていないが、それは、スピルリナの粉末を混入した影響で製品が青緑色を呈し、売行きが芳しくなくなつたためであつて、食用に供しえないものであつたためではないこと、が認められる。

<証拠>も右認定を左右するものではなく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右事実によれば、スピルリナは、乾燥あるいは粉末化し、これを加工したり、蛋白質強化食品として麺類等に混入して食することができるものであつて、審決認定のとおりであることは明らかである。

原告は、本願商標の「スピルリナ」は学名ではないし、スピルリナと命名された植物ないしは藻が存在していて、それの名称というものでもなく、本件指定商品の原材料名でもない旨主張するが、右主張が理由のないことは前記認定事実により明らかである。

また、原告は、スピルリナ藻類は食用に供しえないものであつて、これを食料の一部に混入したものが商品として存在することはありえず、審決のいう「スピルリナを含有する商品」なるものは架空のものである旨主張するが、右スピルリナが、スピルリナを乾燥あるいは粉末化したものも含むことは、審決の説示から明らかであり、前記認定のとおり、スピルリナの粉末を含有する麺類が製造販売されているのであるから、原告の右主張も理由がないものというべきである。

3 前記1及び2項認定の事実と当事者間に争いのない本願商標の構成によれば、本願商標を本件指定商品中の「スピルリナを含有する商品」に使用するときは、これに接する取引者、需要者に、その商品が原材料としてスピルリナを使用(含有)したものであること(品質)を表示したものと認識させるにとどまるものであるとみるのが相当であるから、自他商品の識別の機能を果たすものではないというべく、また本件指定商品中の「スピルリナを含有しない商品」に使用するときは、その商品があたかもスピルリナを含有する商品であるかのようにその品質について誤認を生じさせるおそれがあるものというべきであつて、これと同旨の審決の認定判断に誤りはない。

4 よつて、本願商標は商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号の規定に該当し、登録することができないとした審決に違法の点はなく、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

三よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋吉稔弘 裁判官竹田 稔 裁判官濵崎浩一)

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